巣板の産地を顕微鏡でめぐる:中山巣板/奥殿本巣板/丸尾山白巣板の微細構造から見る研ぎの世界

天然砥石///
  1. ホーム
  2. 天然砥石
  3. 巣板の産地を顕微鏡でめぐる:中山巣板/奥殿本巣板/丸尾山白巣板の微細構造から見る研ぎの世界

肉眼では見えない「砥石の個性」を探して

天然砥石は、刃物の切れ味や研ぎ味に大きな違いを生みます。それにもかかわらず、砥石そのものの内部構造や粒子の個性は、普通に研いでいるだけではなかなか見えてきません。

巣板(すいた)、戸前(とまえ)、浅葱(あさぎ)など、砥石の層や産地の名前は多く語られますが、その違いが「どこから来ているのか」「どんな粒子で構成されているのか」は、実は研いでいる本人でさえ、正確に理解できているとは限りません。

そこで今回、中山巣板・奥殿本巣板・丸尾山白巣板という、性格の異なる三つの砥石のスラリー(研ぎ汁)を採取し、マイクロ顕微鏡で観察することで、その違いを“目に見える形”にしてみました。

結果として、肉眼では分からなかった砥石のキャラクターが、粒子の大きさ・粘土の濁り・分布の均一性として明確に現れ、研ぎ味との関連がよく理解できるものとなりました。

以下では、各砥石の顕微鏡像と研ぎ味の印象をまとめ、最後に天然砥石の理解がどのように深まるかをご紹介します。

顕微鏡で観察する理由 ― “砥石が刃に与える影響” を可視化する

天然砥石は、火山灰の堆積と粘土化、地殻変動による圧密、熱変成などの複雑な過程によって形成された天然の研磨材です。その内部には、“ガーネット”と呼ばれる微細な研磨粒子や、クレイ(粘土)、シリカ質の母岩など、様々な成分が混在しています。

研ぎの現場では、これらの構成成分をまとめて”よくおろす”、“当たりが良い”、“しっとりする”などの感覚的な言葉で表現しますが、実際のところ
・ガーネットの粒径
・粘土の量
・粒の分布の均一性

といった“科学的な差”が研ぎ味に大きな影響を与えていると考えます。

そのため、顕微鏡でスラリーを観察すると、
「産地の違いがどこにあるのか」
「層の違いが研ぎにどう現れるのか」
を視覚的に理解することができるではないかと思いました。天然砥石をただの“道具”から、“地質学的な素材として読み解く対象”と捉えるとまた興味深いテーマになります。

観察方法 ― スラリースライドの作り方

観察は以下の手順で行いました。

  • 砥面を軽く湿らせ、Atoma 400 で軽く泥を出す
  • 泥(スラリー)をごく少量採取
  • スライドガラスの中央に置き、
     スポイトで“半滴以下”の水分を加える
  • 18×18mmのカバーガラスを乗せ、軽く押して“薄膜化”
  • 460〜470倍で撮影

ポイントは「薄膜化」と「水の量」を極限までコントロールすることです。水が多いと粒子が沈んでしまい、逆に濃すぎるとスラリーが厚く不均一になり、粒子像が見えなくなります。何回か失敗しましたが、最適なバランスを見つけることで、砥石それぞれの“地質的な性格”を写し取ることができるようになってきました。では、以下実験結果を共有します

中山巣板(Nakayama Suita)― 「軽快・均質・繊細」を象徴する粒子構造

nakayama
nakayama_micro

顕微鏡像の特徴

中山巣板のスラリー像は、淡いクリーム色で、ほぼ半透明です。

・粒子(ガーネット)は非常に細かく均質
・粒径はおよそ 3〜5µm
・粒子の散り方が均一で、濁りが少ない

全体に“もや”がかかったようにも見えますが、これは粒子が非常に細かいためかと思います。黒い点として見える部分がガーネットですが、どれも小さく形が揃っているのが印象的です。

研ぎ味の印象

中山巣板は、実際の研ぎでも
・万能性(削る力とキメの細かさのバランスが秀逸)
・スッと刃が立つ
・研ぎ傷が揃いやすい

という特徴があります。

顕微鏡像から見ても、この均質性が研ぎ味の安定性につながっていることがわかります。研ぎ上がりは“上品”で、“よく整う刃”になるんだと思います。

奥殿本巣板(Okudo Hon-Suita)― 粘りの源泉は「粒子の大きさ」と「乳白色の粘土」

okudo
okudo_micro

顕微鏡像の特徴

奥殿本巣板のスラリーは、中山よりも明らかに濁りが強く、白味が増すのが特徴です。

・粒子の大きさは 6〜12µm と中山よりひと回り大きい
・粘土が多く、スラリーが“しっとり乳白色”
・粒子(ガーネット)に柔らかい影があり、粘結性が強い

粒子の“丸み”と“柔らかい影”は、奥殿らしいしなやかさの源です。このガーネットの粒子の大きさが奥殿の巣板の研削力の源泉だと思われます。

研ぎ味の印象

奥殿本巣板は
・刃が優しく整う
・抵抗が少ない
・粘りのある刃になる

といった特徴があります。

中山ほど鋭く整わず、丸尾山ほど荒れず、非常にバランスが良いのが奥殿の魅力です。

刃が“ふわっと”仕上がる印象が強く、和包丁や包丁の最終調整に向いています。King of Suita の意味が顕微鏡の画像からも感じることができました。

丸尾山白巣板(Maruo White Suita)― 大粒ガーネット × 粘土リッチの「濃厚な研ぎ味」

maruoyama
maruoyama_micro

顕微鏡像の特徴

丸尾山白巣板は、今回検証した三つの中で最も“個性的”です。

・ガーネットが大粒
 (10〜40µm 級の破断面が混在)
・粒子サイズにばらつきがあり、自然砥石らしいワイルドな構造
・粘土成分が多く、スラリーが濃いクリーム色
・粒子が“沈む”ほど粘土のベールが厚い

ひと目で「丸尾山だ」とわかる特徴を備えています。

研ぎ味の印象

丸尾山白巣板は
・すぐおろす
・力強さが出る
・切れ味に腰が生まれる

といった性格を持っています。

中山の軽さ、奥殿のしなやかさとは別軸で、丸尾山は“濃厚で、押しの強い仕上げ”に向いた砥石です。人造の1000から直接、または3000、4000を挟んだとしても、力強い(傷もほぼ目につかない)おろしが、粒子の大きさからも実感。実用的な普段遣いであれば、丸尾山白巣板だけでも十分仕上がります。天然砥石の入門にふさわしいスラリーでした。

まとめ 三者の違いが“刃の個性”になる

中山・奥殿・丸尾山という三つの産地の巣板を顕微鏡で比較して見えてきたことは、砥石は地質の違いがそのまま研ぎ味に現れる素材であるということです。

  • 中山 → 細かく均質、軽快
  • 奥殿 → 粘りとしなやかさ
  • 丸尾山 → 粒が大きく濃厚、力強い

という研ぎ味の違いは、すべて粒子の大きさ・粘土量・濁りの強さなど、顕微鏡像で確認できた構造差にかなり一致していました。

天然砥石の魅力を語るとき、どうしても“感覚的な表現”が先行しがちです。しかし、今回の顕微鏡観察により、その根拠となる“構造”をある程度、視覚化することができました。

砥石の個性は、

  • 粒子の大きさ
  • 粘土の量
  • 地層の成り立ち
    によって決まります。

そして、それは研ぎ味や刃の性格に直結しています。中山の繊細さ、奥殿のしなやかさ、丸尾山の力強さ。
それらがどのように生まれているのか――
その答えが、スラリーの中に存在していました。

天然砥石の旅は、まだまだ続きます。次は中山の層ごとの違い(巣板/戸前/浅葱)や、大突・大平などの砥石も観察してみたいと思います。

以上、今回の顕微鏡観察の記録でした。ここからまた、新しい発見が生まれることを楽しみにしています。

著者

toishi

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です